第十二話「メンバーと、メンバー以外と」

第十二話「メンバーと、メンバー以外と」

 あおいは、立ち上る紫煙にまぎれて、ついついため息を漏らした。

 目の前に広がる惨状――もとい、寸劇は、どうすれば収拾が付くのだろうか。

 うわごとのようにお兄様、お兄様と管を巻くましろは、酒を飲む手は止まり、あとはただただ眠ってしまうのを待つばかりだろう。
 いまの彼女を、人気上昇中の本格派女流プロと紹介しても、きっと誰も信じないことだろう。物悲しいものである。

 一方、新進気鋭の若手女性メンバーたるあかねは、既にビールは六杯目。
 前回の惨憺たる結果からするに、彼女は正気を取り戻したあと、
 一回りも年上のましろにこんこんと説教を垂れていたのを、覚えてはいないだろう。

 もひとつため息。時刻は十時を過ぎている。
 あかねやあおいは近辺に住んでいるからいいとして、ましろは今晩の宿はいったいどうするつもりなのだろうか。

「ましろさん、今日、どこに泊まるんですか? もう十時過ぎてますけど……」
「それじゃあ、あおいさんのところに泊めてくださぁい」

 これである。
 ふだんはおしとやかで、淑女然としていて、尊敬に値する大人物なのだが、酒が入るとどうしようもない。
 いまのように傍から見ている分には、面白い、で片付くことのだが、直接絡まれると、やはりうんざりする。

 そう考えると、同じくアルコールが回っているとはいえ、ましろを相手し続けるあかねもまた、ひとりの傑物ではないかと思えてくる。

 しかし、このままでは本当にしっちゃかめっちゃかだ。
 まだましろの意識がある内に、せめて店は出てしまおう。

「すいませーん。お会計お願いします」
「はーい」
 近くを通っていく店員に声を掛けると、またもあかねの同輩の南条。
 お互いに会釈ひとつ、南条は、あおいの後ろで繰り広げられる酔っ払いどもの饗宴を見て、気の毒そうに苦く笑った。

「あの……中井ちゃんの先輩ってことは、雀荘のとこの、ですよね?」
「うん、そう。あなたは、あかねちゃんの大学の友達?」
「はい。南条っていいます。それで、中井ちゃん、最近どないですか?
 最近は、しんどいしんどい言うのも減ってきて、だいぶ調子良さそうではあるんですけど」
「そうね。少なくとも、いまは給料は出るようになったわね」

 あおいが、空しそうに笑う。が、南条は彼女の含みにつゆ気付かず、ほっと安堵の息を漏らす。

「ま、よくやってくれてるわ。期待の新人、って感じね」
「そうですか。ほなよかったです。また今度遊びに行かせてもらいます」

 伝票を置いて立ち去る南条とあかねを見比べて、あおいもまた胸をなでおろした。
 メンバーの仕事をするにおいて、理解のある――特に、同じメンバーでない――友人というのは貴重である。
 ましろのような華々しい女流麻雀プロがメディアに露出して、麻雀というものに対する見方が変わってきている現在とはいえ、
 しかしやはりその根底に根付いた悪印象はなかなか拭いきれているとはいいがたい。
 そんな中、仕事上の愚痴を、他の業種のそれと同じように相槌を打ってくれる人がいるだけで、ありがたいというものだ。

「ましろさんそろそろ出ますから準備してください。ほら、あかねちゃんも」

 手を叩いて今宵の酒宴の終了を告げると、ふたりとも鳩が豆鉄砲を食ったようにしばしぽかんとしていたが、
 おもむろに鞄を持ったり飲み残したビールをあおったりと帰り支度。
 これで、あおいの仕事は残すところ、ましろとあかねが無事安全に帰宅できたことを見届けるばかりである。

 が、あかねはともかくましろはどこへ泊まるというのか。
 彼女の実家はこの辺りではないし、どこかにホテルを取っているにしても、彼女の口から直接聞くほかあるまい。

「あかねちゃん、気を付けて帰るのよ」
「はーい。おふたりもお気をつけてー」

 立川テナントビル階下の駐輪場で、自転車にまたがるあかねを見送る。
 思った以上に足取りはしっかりしているから、何事もなければきっと下宿先にまでは辿り着けるだろう。
 あとで一応、連絡だけはしよう。

 さて、

 あおいは肩にしなだれかかる「それ」を見て、頭を抱えたくなった。

 麻雀業界売り出し中の城崎ましろプロは、完全に撃沈していた。
 時々、うわごとのように何事かを発するが、生来の声の小ささも相まってまったく聞き取ることができない。
 こうなったら、やはりあおいの自室に一晩泊め置くしかない。

 幸いにもここは幹線道路沿い。タクシーには事欠かない。

「あおいさぁん」
「はいはい、なんですか」

 意識がわずかに浮上しつつあるのか、ようやくましろが意味のある言葉を吐き出す。
 タクシーの中で熟睡されてしまっても困るので、調子を合わせておく。

「あかねさん、いい子ですねぇ」

 あれだけ自分の思い人を否定されてもなおいい子と言う心胆は酔っ払い故か。
 それを差し引いても、確かに、あかねはいい子に違いないが。

「あんな子が、ゴールデンタイムに入ってくれたなら、筒井さんも安泰ですねぇ……」

 実際、その通りに違いない。十数年前に比べて、雀荘の数はずいぶん減ってしまっているが、
 同時に、雀荘メンバーとして働きたい、という人間もどんどん少なくなっていっているのが現状である。
 それも、あかねのような、心根のしっかりした者であればあるほど、縁遠い。
 多くは、東出のように成り行きで続けている者か、麻雀以外のほかになにも持たないような者ばかりである。

「できたら、プロにもなってくれないでしょうか……」

 あおいは、プロ団体というものについては、ほとんど何も知らない。
 時々、ましろから伝え聞くばかりである。が、その内情は察するに、
 雑誌などで報じられるほど華々しいものではないのだろう。

 同情の余地も――

「それで、わたしとお兄様の仲を応援してもらったりぃ……」

 なかった。ちょうど停まったタクシーの後部座席に乱暴にましろを放り込むと、あおいは助手席に座った。

 頬杖を突いて、後ろに流れていく夜の街を見ながら、ましろの言葉に触発されてか、あおいは雀荘業界の今後について、柄にもなく考えてみた。
 雀荘メンバーとキャバクラ嬢に二足の草鞋で糊口をしのいでいる彼女にとって、事実、考えうべき問題である。

 筒井は、雀荘の数は年々減少していっているから、経営上は有利だという。
 が、果たしてそうなのだろうか。疑問が残る。
 雀荘の減少と共に、メンバーの減少と共に、同時に麻雀競技人口もどんどん下落していっている、というような話も聞く。
 それにストップをかけ、また増加を願って、いくつかあるプロ団体も、様々奮闘していると聞くが、どこまで効果のあるものか。

 なにより、あかね世代の若年層があまり麻雀に寄り付かなくなっている、というのが大きな問題である。
 いまは、漫画や小説、アニメに携帯ゲーム……などと、ひとりでもできる娯楽が多く、
 ひとりでわざわざフリー雀荘に足を運ぶ、という人も少ない。

 それに、どうしても麻雀と博打の繋がりは根深い。
 フリー雀荘が、どんどん低レート化していっているのは、大衆の多くが、賭博というものに対して忌避感を強くしているひとつの表れだろう。

 そういう意味では、ましろのようなアイドル雀士の存在というのは、業界としてもありがたい存在だろう。

「あおいさぁん。プロもですねぇ、大変なんですよぉ」

 後部座席に横たわって寝帰りを打つましろ。頑張ってください、と応えるあおいの言葉は本心だ。
 ましろにとって、せめてゴールデンタイムの面々くらいは、気の置けない間柄であらんことを。

 あおいの住むマンション前でタクシーが停まる。

 あおいは、完全に沈黙してしまったましろを、さっきよりも丁寧に担ぎ出した。

華土ノ本寄稿者

投稿者プロフィール

 このサイトにて、主に「弱小メンバーのガチンコフリー雀荘道中記」を執筆させていただいております。
 趣味は読書と麻雀。
 仕事は、とある片田舎の三人打ち雀荘メンバー。勤めて三年になります。

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