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第十六話「ちゃんと先輩できるのか?」
- 2017/12/27
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第十六話「ちゃんと先輩できるのか?」
「—―っていうことがあったんだけどさぁ」
時刻は昼下がり。場所は校内カフェテラス。
「ふぅん。ええやん、後輩できて」
向き合う相手は南条。カフェオレをストローで飲みながら、話半分、という様子である。
「たしかに、後輩ができたのはうれしいんだけどさぁ」
本日のあかねの昼食はサンドイッチひとつと百円のコーヒー。
以前の、コーヒー一杯だけという昼食に比べ、はるかにランチらしい様相を呈してはいるが、
南条のそれと比較すると、やはり見劣りはする。
というのも、実は先月、麻雀の調子が揮わず、少しお財布事情が厳しいのである。
「どうにも苦手な感じというか」
サンドイッチを平らげてなお空腹を感じたために、南条のホットドッグに手を伸ばしかけたところ、
しっしと払いのけられる。
「ほんで、サークル入ってるうちに相談ってことかいな」
「そういうこと」
南条、カフェオレを一口。もごもごと口を動かして、少々考える素振り。
現在、ラクロスサークルの副部長を務めるにまで至った南条のことであるから、
きっとなにかしらの、妙案を出してくれるものと期待していたが、
「知らんわ、そんなん」
すげなくあしらわれる。
「そんな!」
「そんな知るかいな。うちかて、自分と性格ちゃうような子とは疎遠にしてるし、全員が全員と仲ええ訳でもないし」
「でも、ほら、直接指導してる後輩とかいるでしょ?」
「おらんこっちゃないけど、……」
南条、再び少考。中身のなくなったストローの吸い口をガジガジ噛みながら、耳たぶをなぞる仕草。
「やっぱ知らんわ、そんなん。
後輩と性格合えへんって、そもそも、先輩後輩関係あらへんやん。自分でなんとかしぃや」
今回の相談の核心を突かれて、あかねもうなだれるほかない。
「それに、喋ってみたら以外と馬合うっちゅうことも、けっこうあるで」
「それは……そうなんだろうけど……」
返答に窮して、あかねは押し黙る。例えばましろがその好例である。
初対面では、いかにも取っつきづらそうな印象であったが、酒を飲みかわし、同じフロアで働く内に、
今では冗談も言い合える仲である。
とはいえ、彼女の男性の好みについては閉口せざるをえないが。
「ちゅーか中井ちゃん、後輩の性格が云々じゃなくって、
ただ単に自分がちゃんと先輩としてふるまえるかが心配なだけやろ?」
ぐさりと南条に腹心を見抜かれて、あかねは心臓をぎゅっと掴まれたような心地になった。
ぐぅ、とうめき声すら漏らして、言外に彼女の指摘がまさしく真実であることを告げる。
「図星かいな。まぁ、気持ちは分からんでもけど」
呆れた、とでもいう風に南条は鼻で笑って見せる。
我ながら隠し立てするような内容では思いながらも、ちっぽけなプライドが邪魔をして、
あまつさえ、看破されてしまって、いよいよ恥ずかしい。
「よっしゃ、ほな――」
南条が立ち上がって、腰に手を当て、あかねの目をまっすぐと見つめる。
「なにかいいアドバイスあるの?」
さすが南条。という言葉は発する前に遮られ、
「うちが、中井ちゃんがちゃんとメンバーできるか見たるわ!」
と、予想だにしない回答が飛んできて、あかねは首を傾げた。
どういうこと、と尋ねる前にまたしても南条が遮って、
「今日うちバイト休みやねん。中井ちゃんは、今日バイト?」
「そうだけど……」
「ほな、中井ちゃんと一緒にゴールデンタイム行くわ! あんじょう仕事しぃや!」
関西人特有(?)の押しの強さで以て、強引に物事が進んでいく。
気付いた時には、あかねは、南条を連れ添って、立川テナントビルの前に、立ち尽くしていた。
「こんなところにあったんやな。ええやん、下宿先近て」
「うん、まあね」
イマイチ乗り気でないあかねの面持ちは、ご機嫌の南条とは正反対に沈痛で、対応も素っ気ない。
「にしても、中井ちゃん……ふぅん」
顎に指を当て、あかねの立ち姿を、まるでファッションチェックでもするかのようにしげしげと見定めるものだから、こそばゆい。
変てこな恰好をしているつもりはないから、見られて恥ずかしいものでもないのだが。
「それが仕事のカッコなんやな。髪の毛くくってるんや」
「最近長くなってきたから。前髪だけでも切ろうかな」
前髪の先をいじりながら、ちらと南条を盗み見る。
服装の話をするならば、南条の方がよっぽどふだんのそれとは違う。
ただでさえ、あかねよりも十センチは背丈が高く、今日は底のあるブーツまで履いて、
そこいらの男性なんかよりも高身長を演出した南条の本日の衣装は、レザージャケットに黒パンツ、足元まで全身黒づくめ。
胸元に光るシルバーがアクセントになって、ぎゅっと引き締まった感がある。
ふだんからラクロスに精を出す彼女の体つきは、筋肉質でありながら決して女性らしさは損なわれておらず、
ちょっとした男装女優みたいな出で立ちである。
「なに?」
あかねの視線に気付いた南条が顎をしゃくる。
その表情に照れもてらいもないから、むしろこっちが恥ずかしくなる。
「ううん、いこっか。今日はましろさんもいるよ」
「ほんまに? やった!」
そういえば、南条が城崎ましろプロのファンであることを思い出して、口にする。
体の前で小さくガッツポーズ。
「おはようございまーす!」
今日も元気に挨拶から。ついでに店内の状況も確認する。
せっかく来てくれたのだから、できるだけ南条の相手をしていたいが、あまりにも忙しいとそうも言ってられない。
「おはようございます、あかねさん。あら、そちらは……」
「南条っていいます。覚えてはらないですか?」
「確か……あそこの居酒屋の店員さん、ですよね?」
「そうです! 今日は麻雀打ちに来ました!」
南条の麻雀の発音はちょっと面白い。
普通の人やメディアのイントネーションは、「<span class="strong-emphasis"<当然」と同じ、語尾が上がる抑揚だが、
彼女は「素麺」と同じそれ。
聞くところによると、関西は大阪特有のものらしいが、毎度のことながら、笑ってしまいそうになる。
「南条さんは、大阪から来られているんですか?」
「はい、そうです。やっぱりわかります?」
「祖父が大阪の生まれでして……。
ということは、南条さんは三人打ちの方がよろしいですか?」
「わがまま言わしてもらえるんやったらそっちの方が嬉しいですけど
……いま、四人打ちしか立ってへん感じですよね」
現在のゴールデンタイムの卓状況は、四人打ちフリーが一卓のセットが三卓。
東出が本走として入っているため、そのまま東出と代わってもらうのが一番自然である。
「せっかくいらしてくれたのですから、ツーメンで立てますね。あかねさんは……」
首をぶんぶん振って断固拒否の姿勢。当然打てないことはないのだが、三人麻雀にはあまり良い思い出がない。
それに、五筒、五索がぜんぶドラな上に抜きドラまで入っているドラ麻雀というのは、やはりあかねの性に合わない。
「では、私と西戸さんで立てましょうか。
もしかすると、そちらの卓がワン欠けになるかもしれませんので、その時はすこしお待ちいただいてください」
「よろしくお願いします。むっちゃ緊張しますわ」
三者着席。いざや賽は投げられた。
実のところ、あかねはあまり南条の麻雀を知らない。
というのも、ゴールデンタイムに入ってからは南条ら友人とセットを囲む時間など取れず、
また、ゴールデンタイムに入る前は、わざわざ他人の麻雀になど意識を向けたことがなかったから。
しかも、大学の友人たちとしていたのはほとんど四人打ちばかりであり、彼女がどういう麻雀を打つのか、興味津々である。
「南条って、変なツモり方するよね」
ふと、気付いたのは、牌捌きの面。
南条の牌の取り扱いもましろに負けず劣らず丁寧で、いかにも玄人感がにじみ出ているが、
その中でも特別気にかかったのは、彼女の牌の取り方。
人差し指と中指でずらして、親指で支えてつまむのではなく、
親指でずらして中指でつまむというもので、少なくともあかねは今まで見たことがない。
「中指盲牌のこと?」
「あ、それ盲牌してるんだ。すごいなぁ、私、できないから」
「盲牌なんかせんでええよ。コシの原因なってまうしな」
「コシ?」
これまた聞いたことのない言葉。すかさずましろが、
「例えば、上家の打牌に対して、チーするかどうか少考することがあるでしょう?
ほかにも、萬子待ちリーチをしていて、和了牌にならない萬子を引いてきて、思わずちょっと反応してしまうことも。
これらは、いわば自分の手牌の情報を他家に晒す行為として、ルールによってはペナルティが課されることもあるんです」
「例えば、ウチが家族で麻雀する時は、その色で和了られへんとかな。
字牌でコシってもうたら、字牌で和了られへん」
実際のところ、あかねは他のこなれたメンバーに比べて、上家と打牌に対して悩むことが多い。
働き始めの頃は、筒井やあおいから、嫌がるお客様も多いから、できるだけよすようにと言われていたが、未だに思わず反応することが多い。
もしそんなルールを採用されてしまった日には、
一半荘どころか、本走中まるまるノー和了なんてことも起りかねない。
想像して、身震いしちゃう。
「せやから、盲牌して、三、六索で張ってるとこに、よう似てる九索でコシってもうたら、しょうもないやろ?
なんぼふだんから間違えることない言うても、百発百中なんかありえへんし」
南條の言には一理も二理もある。
最近、シフト中暇があれば盲牌の練習などしていたが、やめておこうかしらとも考える。
「まぁ、でも────」
南條が、例の自摸動作で山から牌を一枚つまみ上げる。
「できたら、かっこいいけどな!」
そのままするりと腕を低空飛行のまま引き寄せて、
「ツモ!」
和了牌を叩きつける。パチンッという、破裂音にも似た独特の爽快な音が響き渡る。
その光景だけを切り取ると、まるで漫画やアニメのワンシーンのようにも見えて、南條の男前の風体もあいまって、惚れ惚れする。
が、実際はただのマナー違反。すぐさま我に返って、
「引きヅモ禁止!」
「ああ、すまん。もうせぇへんから、堪忍してや!」
雀荘では、引きヅモは威嚇行為の一種として禁止である。
「もう、憧れの城崎プロと打てるからって興奮しすぎ」
「うっさいなぁ。しゃあないやんか、ちょっとくらいはしゃいでまうがな。
あ、中井ちゃん、あっちラストちゃうか、はよゲーム代もらいに行ったらな」
言い訳がましいが、事実、東出の入る四人打ちフリー卓の上ではチップが交錯している。
最後に南條をジト目で睨みつけてから、あかねは仕事に戻った。
「――中井ちゃん、どないですか。この二、三ヶ月、また麻雀しんどそうなんは聞いてるんですけど」
ドリンクの注文を受けて、フロアを行き来するあかねを一瞥して、しんみりとした口調で南條が切り出す。
「素直ないい子で、きっとオーナーも助かってることと思います。
ただ、素直すぎるせいか、いろんな人の麻雀をそのまま学んで、消化不良を起こしちゃっているみたいです」
「せやったら、放っといたらええですかね。
後輩もできて、ちゃんと先輩できるんかな、とも不安がってたんですけど」
セット客も続々と流入し始め、それらも立ち番あかねひとりで捌かねばならないために、右へ左への大立ち回り。
時にはあわやドリンクをこぼしそうになったり、つまづいて転びそうになったりと、
見ていてハラハラするところもあるが、まめまめしく勤勉であることは伝わってくる。
「せっかくですから、朝まであかねさんの勤務態度をご覧になられますか?」
ましろがからかいを含んだ微笑と共に尋ねるが、当然南条も本気にはしない。
軽くかぶりを振って、
「や、明日一限入れてますんで、中井ちゃんには悪いけど、てっぺん回るまでには帰ります」
照れくさそうに笑って、牌を落とす。時計の短針が0時を指すまでには、まだまだ時間がある。
それまでは、忙しそうに目を回すあかねを眺めながら、麻雀と洒落こむことにしよう。