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第十話「プロ来店!①」
- 2017/10/16
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- 三麻, 小説
「第十話 プロ来店!①」
あかねの咆哮に、今までいくら騒がしくとも身内で麻雀に興じていたセットが、目を見開いて振り向いた。
あおいや東出に至っては耳を覆い、筒井も相当の渋面だ。そんな中、ましろだけが、何食わぬ顔で、恬として、
「はい」と答えた。「お兄様と私は、年は近く、同期でして」
とも付け足す。
「うちの、あの、あほ兄貴が、プロォ!?」
一方、あかねは衝撃の事実を告げられて慌てふためいている。
確かに、麻雀の腕は(少なくともあかねよりは幾分も)達者で、雀荘のマスターとも知り合いで、
なにかと訳の分からないやつだったが、まさか、プロとは思い及ばなかった。
「ご存知なかったのですか?」
「兄貴……兄は、私が中学生の時に家を出て行って、それ以来、時々会うくらいでしたから……」
実際、あかねがはじめに会ったのも、もう半年前のことで、その時も突然夜中にチャイムが鳴ったと思ったら、
「雀荘でバイトしたくないか?」と、名乗ろうともせず扉越しに用件だけを告げるものだから、
無視を決め込みかけたところ、合鍵を使って中に入られた、という次第である。
あの時は、本気で恐ろしかったし、いまだに若干恨んでさえいる。
「ふふ。風来坊な方ですからね」
「そんなもんじゃないですよ。あれは、ロクでなしの浮浪者っていうんですよ」
やれやれとため息。
その癖、彼が家を出ていったその日から、毎月欠かさず定額の振り込みはあるものだから、得体が知れない。
「テレビで、プロの対局などもご覧になりませんか?」
「そう……ですね。店で流れてたら、見るくらいです」
「でしたら、ご存じないのも無理からぬことかもしれません」
柔和な笑みが、自分の無知を慰められたみたいで恥じ入るばかりだ。
いや、そもそも、そういった情報を一切寄越さない兄が悪い。
「次にはじめさんにお会いした時には、あかねさんにお会いしました、と伝えてきますね――ところで、あかねさん」
不意に名前を呼ばれて、向き直る。
「はい?」
「打てますか?」
「はい!」
と、威勢よく返事をしたものの、あかねが対局者の輪に加えられることはなく、
卓には、筒井、東出、あおい、ましろの四人が着席した。
唇を尖らせて不平不満の色を隠さないあかねだが、
ましろに、「また今度打ちましょう」とまで言われては、どうしようもない。
ふつうのフリーの場合、新たなフリーが立つ時は、それぞれ四人が風牌をつかみ取りして場決めを行うものだが、
今回はその中に一筒、二筒も入っていて、首を傾げる。
「これはですね、プロのルールで採用されている場決めの方法です。この方法が、最も厳密だと言われています」
とましろから説明を受けて納得する。
ある種のイニシエーションめいた場決めを終えると、
いつものフリー卓に比べて、ちょっと厳粛な空気が流れているような気がする。
起親はましろ。彼女はいったいどんな麻雀を打つんだろうか、とあかねは興味津々である。
その様を、横目でちらりと盗み見て、ましろはくすりと笑って、配牌を開いた。
プロたるもの、その運気もきっと一級品だろう。
きっと配牌で、タンピンサンショクのリャンシャンテンなんてこともありうるかもしれない。
あかねの期待に満ち満ちた目に映ったましろの手牌は――
ものの見事にクズ手だった。あまりにもひどい五シャンテン。
こんな配牌で和了れるのか、と疑問に思っている内に、東一局は東出が早々にリーチを打って、ツモ和了。
続く東二局も、ましろの牌姿はあまり良いものとは言えず、
ひとまず役牌を鳴いてみたものの、あおいの親リーが入って撤退。
流局時、辛うじて聴牌料の収入を得るに留まる。
東二局一本場。まずまずの配牌だが、どうこねくり回しても値段が高くなるようなものではない。
ましろの採った行動はあかねの想像の範疇を出ることなく、
一鳴き聴牌からの筒井の出和了で、1300は供託込み2600点の和了で東二局も終了。
(うーん、なんというか)
「ふつう、とお思いですね」
「い、いや、そんなことは……」
ましろに内心を言い当てられ、ドキリとする。思っていたことが顔に出てしまっていただろうか。
「プロだからと、良い手が入る訳ではありません。
ただ、そこから適切な手を取り続けられるかどうか、それがひとつの線引き、かもしれません」
意味深げな言葉だが、あかねの心にはいまひとつ響かない。
狐につままれたような彼女に、くすりと笑みをこぼして、臨む東三局。
が、ここもまた特に盛り上がる展開もなく、東四局も親のノーテンで場が進む。
そして二度目のましろの親番。南一局一本場。場に1000点の供託がある。
ここでせめてひと和了できなければ、点棒有利の東出を追いかけるのは少し辛いか、という状況。
開いたましろの配牌は、やはり大したものではなく、オタ風対子を含む三対子があって、動きづらいとさえいえる。
あかねならば、道中でオタ風対子を見切ってクイタンに移行するかもしれない。
「さて、せっかくあかねさんに後ろで見てもらってるんですから、少しはいいところを見せないと、ですね」
腕まくりひとつ。スリーブの下に隠れていた透き通った肌を流れる青筋が色っぽい。
だなんて、見当外れなところを見ていたせいで、あかねはましろが第一打に選んだ牌を見落としていた。
そして河を見て、思わず声を上げた。
「ほぅら、はじまったぞ。城崎麻雀が」
「城崎麻雀だなんて、筒井さん、そんな……」
ましろが切った牌は、③⑤⑦のリャンカンを形成しつつ、ドラ表示牌でもある五筒。
出来面子のないましろの配牌の中で、最も面子ができやすそうな部分なのに、なぜ。
二巡目のましろのツモは九筒。ちょっと悩んでから、場に一枚切れの發に手をかける。
と、突如携帯のバイブが震えて、あかねは飛び上がった。
慌てて着信を確認すると、発信主は南条。離席して、電話を取る。
せっかくいいところだったのに! と内心憤慨しつつも、困った様子の南条に耳を傾けると、
限目の講義の教室が空いていない、どういうことだと言う。
「三限目は休講だってば。こないだ言ったじゃん!」
「あ、そっかそっか。ごめんやでぇ」
そもそも、本来ならば三限目はもう終了の時間帯で出席カードだけ提出する魂胆があけすけである。
こんなことのために、あの謎の第一打の一部始終を見られないなんて!
それにしても、あの配牌、あの第一打で、ましろはどこへ向かっていくのだろう。
国士にしても發を切った訳であるし、クイタンで攻めるにも五筒は不自然だ。
そんなことを考えながら、あかねが戻った、その時、
「ツモ。6000は6100オール」
ましろの和了発声が聞こえたのだった。
ぱたりを倒される手牌。あんなところからどうやって満貫の手作りができたのかと覗き込めば、
リーチ一発ツモチートイドラドラ。和了り牌は、白。
「ジゴタンの白を一発でツモるのだけは勘弁っすよー」
嘆きながら東出が点棒を支払う。これで、現状ダントツの一着である。
東出の言葉通り、白は地獄単騎。リーチ宣言牌は、七筒。
チートイの待ちとしてはあまりよくないが、ふつうなら、いったんヤミテンに取ってから、
より和了りやすそうな牌を待ってからリーチではないのか。
「なんで、白なんですか?」
たまらず尋ねると、ましろは薄く笑って、
「ほら、わたし、ましろって名前でしょう? ですから、白とは相性がいいんです」
なんて、頓珍漢な答えが返ってきて、ずっこけそうになる。
「プロらしからぬリーチかもしれませんが」
独白のようにぽつりとこぼして、ましろは牌を落とした。
そこからのましろは、局の消化に注力した。
南一局の親が終わると、自分から仕掛けることはほとんどなく、時には他家に差し込みしてまで、ゲームを流していく。
そして、いよいよオーラス、親の筒井の先制リーチに対して、厳しい牌も何度か通し、
「ロン。1300」
出和了りで締めくくった。あかねならば、親のリーチに放銃するのだけは御免と、一も二もなくベタオリの局面だっただろう。
「結構押してましたけど、五萬とか、危なくないですか?」
というあかねの疑問に対しては、
「筒井さんの手が大きそうでしたから。ツモられて逆転もあるのではないかと」
「はっはっは。ましろにはバレてたか」
と言って開いた筒井の手は、ツモれば跳満の両面リーチ。
「それに、あおいさんと東出さんも、競り合ってましたから、ヤミテンに限ってどちらかに放銃して終了、という結果でもよかったんです。
もちろん、リーチが入れば、オりるつもりでしたし」
ましろは驚くほど盤面がよく見えている。
他家に差し込んでトップを確定する、というのはあかねも最近になってようやく身に付けた技術だが、
そもそも点棒状況が大きく偏っていなければできないし、わざわざ差し込むほどではない、というケースが多い。
今回の先制親リーもまた、あかねならば静観を決め込んでいたはずだ。
これが、プロ。
どくん、と心臓の高鳴る音が、聞こえた気がした。
呆然と卓上を見つめるあかねに、ましろは一瞥もくれず、風牌と一、二筒を集めて、残りを牌は落として、
「さ、もう一局」