第四話「給料が出ない!②」

「第四話 給料が出ない!②」

「お給料が出ない……」

 あかねは、地の底から響くような、
 おどろおどろしい声で呻いた。

 場所は大学構内カフェテリア。
 うららかな陽光差し込む昼下がりである。

 屋外のテラスで、《《昼食代わり》》のコーヒーをひとすすり、
 テーブルにしなだれかかる。

「なんか、いかにも雀荘のメンバーっぽいやん」
「ぽいじゃなくて、実際メンバーだよー」

 対面に座る南条は、たまごサンドイッチをかじって、
 適当な相槌を打つ。彼女の目の前には
 、サンドイッチがもう一切れと、デザートのプリン。
 それからトッピングを盛ったコーヒーフラペチーノ。
 《《しっかりした》》昼食である。

「そんで、お金ないから、昼飯の代わりにコーヒー飲んでるん?
 コーヒー嫌いちゃうかった?」
「だから、お砂糖とミルクいっぱい入れてる。
 でも、コーヒー飲むと胃が荒れて、お腹が減らなくなるよ、
 って先輩のメンバーが言ってたから」
「何杯飲むつもりやねん」

 関西訛りの南条は、まさしく大阪からの上京者で、
 あかねを麻雀に引き込んだひとりである。
 もう一口、サンドイッチを食べようとしたところで、
 あかねがよだれでも垂らさんばかりに大口を開けているのを見つけて、
 しっしっと手で払いのける仕草。

「これで餓死したら、南条のせいだからね!」
「なんでやねん。っていうか、中井ちゃんも下宿やろ? 仕送りないん?」
「あるけど、家賃と光熱費とかだけ……」
「あらま」

 つまり、日々の食費や遊交費はアルバイトで稼ぐほかない。

「うー……お腹すいた」
「まぁ、そないなるくらい負けるモンが悪いわな」
「ひどぉい」

 先月もまた、給料にほど近い額の負けを喫したあかねは、
 ゴールデンタイムに雇われる前までのアルバイトの貯金を切り崩して、なんとか生活している。
 昼食はコーヒーを一杯、
 夕食はお米をお茶碗半分と安価な冷凍鶏肉を塩コショウで味付けしたもの、
 朝食はその残り。

「お腹が空いたよー。ナンパンマーン」
「よしよし。ほなウチの顔をお食べ――って、
 だれがナンパンマンやねん!」

 

あかね、コーヒーを一口。

 

「南条って、関西人のクセして、おもしろくないよね」

 その一言に、南条は凍り付いた。
 手に持っていたサンドイッチを指先で握りつぶして
 、わなわな震えている。

「大阪の人間はな、『おもろない』言われるんが、
 『死ね』とか『ブス』とか言われるより、傷つくねん……」

 コーヒーカップから、ちらりと南条に目をやると
 、青筋を立てているのが分かる。
 思わぬ地雷を踏み抜いてしまった。

「もー、知らん。せっかく飯おごったろ思てたのに!」
「えっ、うそ! ごめん! 南条、超おもしろい!
 もー、おもしろすぎてお腹痛くなってきた!
 ほら、お腹もおもしろいって言ってる!」

 くぅ、と小さく鳴る腹の虫。
 今日は朝食も抜いてきたので、いよいよあかねも限界である。

「それただの腹の虫やん……。
 まぁ、その身ぃ切った芸に免じて、今回だけ許したるわ」

 残りのサンドイッチを口の中へ押し込みながら、南条は嘆息吐く。
 が、そのあとに小声で「ほんましばいたろかこいつ」と
 呟いたのをあかねは聞き逃さなかった。
 心のメモの四つ目に、関西人におもしろくないは禁句と、
 消えないようにマジックで書きつけた。

「ほんで、何食べんねん」
「え、いま?」
「そらそやろ。夜はウチもバイトやし。
 それともコーヒーでぽんぽんいっぱいなん?」

 あかねは考えに考える。
 麻雀を打っている時だって、こんなに頭を使わないだろうというくらいに
 脳みそをフル回転させて、いま自分が食べたいものを、考える。

 ここしばらくはお米と鶏肉だったから、それ以外のものが食べたい。
 時期は夏真っ盛りなので、冷たくてあっさりしたもの。
 野菜なんてここしばらく口にしていないから、
 トマトが食べたい。
 瑞々しくって栄養価も高い。

 結果導き出される答え。
 その解答にたどり着いた自分に驚きながら、
 おっかなびっくり、あかねは口を開く。

「冷やし中華が、食べたい……」
「は?」
「冷やし、中華」
「冷やし中華の発祥は、中国とちゃうで?」
「麻雀は関係ないから」

 さしもの南条も返答に窮した。
 当校自慢のカフェテリアには、
 運動部の連中の胃袋を満足させうるほどの大盛りカレーライスや
 グルメ気取りの女学生の舌をもうならせるような絶品料理すらある中で、
 あかねの選択したものは冷やし中華。
 老婆心というほどのものではないが、本当にそれでいいのか。

「ま、ええわ。買うて来たるわ」

 とはいえ、南条は細かいところが気になるものの、
 立ち入る人間ではない。あっけらかんと了承する。

「おらん間にウチのコーヒー飲んだらしばくで」
「そこまでコーヒー好きじゃないし!」

 食堂の人混みに消えていった南条を見送って、
 あかねは盛大なため息をひとつ、ふたつ、みっつ。
 ため息は幸せを逃すというが、出るものは仕方ない。

 大好きな麻雀を打ちながら、その上給料までもらえるなんて、
 なんて幸せな職場なのだろうか! というのは、
 甘い甘い幻想であった。
 それこそ、いまあかねが飲んでいるコーヒーのような。

 本来の味がしなくなったコーヒーをちびり。
 すっかり冷めきったそれは、もはやコーヒーと呼べるかすらも怪しい。

 伸びた前髪の先をいじりながら、唇を尖らせる。
 いまの私は、みじめだ。

「お待たせ。ほら、ケーキ付きやで。ウチはこっちのフルーツタルト」
「ケーキ!」

 とたんにあかねの瞳がぱっと輝いた。
 ケーキなんて、当然ここ数カ月食べられるべくもなかった。
 ショートケーキの苺のつややかさに目を奪われて、よだれの垂れるのにも気づかない。

「こらこら。ばっちいばっちい。……ほんで、実際どうなん?」
「ショートケーキが一番好き!」
「いやあんたのケーキの好みやなくって。雀荘の方」

 冷やし中華そっちのけで、
 素手でショートケーキにつかみかかろうとしていたあかねの手がぴたりと止まる。
 そろりそろりと上目遣いで南条を見上げ、

「麻雀は好きだし、先輩のメンバーの人にも、
 オーナーさんにもよくしてもらってるし、お客さんもいい人ばっかり……でも」
「でも?」
「お給料が出ないのは、正直しんどい」
「それは、好きなモンも食べられへんから?」

 あかねは静かに首を振る。乾いた唇を舐め、苺の先端にじっと目の焦点を集め、

「なんのために働いてるんだろう、って思う。
 そりゃ別にお金が欲しくってメンバーになっただけでもないけど、
 自分の仕事が評価されていない気になるっていうか……」

 フォークでケーキのクリームをもてあそぶ。
 いじけているつもりはないが、連日気の重いのは事実。
 給料の出ないことを他の誰かに愚痴をこぼそうにも、
 同じメンバーの者は、アドバイスを寄越してくれることはあっても、
 温かい言葉を掛けてくれることはなく、存外に冷ややかであるし、
 他の友人に話しても、先ほどの南条のように「負けるやつが悪い」論を振りかざす。
 が、実際それが正しいのであるのだから、
 あかねは言い返すこともできない。

「お金が欲しい、とか、慰めてほしい、
 って訳でもないんだけど、やるかたないっていうか、さ」

 フォークの先についたクリームを舐めとって、舌鼓を打つ。
 おいしい。おいしくって、涙が出そうになる。

「ほな、辞めたら?」

 南条の言葉に、あかねは閉口した。
 これもまた、何度も言われた台詞である。
 辞めればいいじゃん、と誰もが口をそろえて気軽に言う。
 けれど、そう単純なモノでもない。
 雀荘のメンバーという仕事が楽しいのは確かだし、続けたいとも思う。

 ただこのままで生活が立ち行かなるのも、また事実。

「……あたしって、この仕事向いてないのかなぁ」

 ショートケーキを平らげてしまって、げっぷと一緒に弱気をこぼす。
 皿についたクリームを食い意地汚くこそぎ取ろうかとも思ったが、
 さすがにはしたなくてやめた。

「ウチもな、いま居酒屋でバイトしてるねんけどな」

 フルーツタルトのキウイを口に運ぶ途中で南条は切り出して、
 しかし、言いにくそうに言葉を切った。
 ちょっと逡巡し、もう一度口を開く。

「ウチ、おっちょこちょいやから、
 よう注文間違えるし、食器も割るし、ほんで愛想もええ訳ちゃうし」

 訥々と語り出したのは、南条の身の上話。
 気後れしているのか、それとも、気恥ずかしいのか、
 あかねとは目と合わせないように、目はスイーツに落としたまま。

「店長もすぐドツきよる人やしな。
 まぁ、ドツかれるんはそない気にならへんちゃならへんかったけど、
 それでも、働いてから三か月くらいで、辞めようかなぁ、思たわ。
 でもなんか、それで辞めたら、自分が居酒屋のバイトひとつできへんやつみたいで悔しかったし、
 店長にドツかれて逃げ出したみたいで嫌やん?」

 南条もまたフルーツタルトを平らげて、フォークについたカスタードをねぶり取る。
 そうして、咳払いひとつ、あかねに向き直る。

「それでそうこうしてる内に、もう二年近く働いとるわ
 。それでもたまに、ミスすることあるけどな。いまだに店長も手出してきよるし。
 今度、こっちからしばいたろかな」

 あかねが、あんまりにも神妙な顔つきで南条の話に聞き入っているものだから、
 いよいよ南条も照れくさくなって、頬のかきかき、

「あー、ウチの話するんはやめやめ!
 ま、ウチが何を言いたかったかっていうと、
 向き不向きはそんな半年そこで分かるモンちゃうし、案外自分で分かるモンでもない。
 そら給料出ぇへんのはしんどいやろうけど、もうちょっと続けてみたら、ってこと!
 メンバーの仕事がどんなモンか分かれへんさかい、ウチが言うんもどうかとは思うけどな」

 早口でまくし立てて、ふぅと一呼吸。
 半分ほど飲みかけていたフラペチーノも一気に飲み干してしまって、
 頬杖かけてそっぽを向く。
 逸らした視線の先では、真夏の太陽が燦々と光を放っていて、
 たまらず、南条は目を眇めた。

「……中井ちゃん?」

 いつまで経っても何も喋らないあかねが気になって、
 姿勢はそのまま視線だけを戻すと、

「南条!」

 いまにも抱きつかんばかりの勢いであかねが身を乗り出してきて、のけぞった。
 あかねの腕が空を切る。

「な、なんやねん!」
「ありがとう!」

 あかねは、感動していた。
 というのも、ふだんはけちんぼな南条が昼食とケーキをごちそうしてくれたばかりか、
 親身に話をしてくれたこと。
 その上、自身の失敗談まで引き合いにだして、元気づけようとしてくれたこと。
 興奮のあまりに握手まで求めだすが、
 冷たくあしらわれて、我に返る。

「ありがと、南条。私、もうちょっと頑張ってみる。また、おなか減ったら南条に相談するね」
「本音出とるやん。しんどなったら、やろ」

 あ、そうだったとはにかみ笑うあかね。
 彼女の袖に、食べ終わったケーキのクリームが付いているのを見つけて、
 南条は小さく鼻を鳴らした。

 はたして、メンバーあかねが、おなかいっぱい食べられる日は来るのだろうか。


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    華土ノ本寄稿者

    投稿者プロフィール

     このサイトにて、主に「弱小メンバーのガチンコフリー雀荘道中記」を執筆させていただいております。
     趣味は読書と麻雀。
     仕事は、とある片田舎の三人打ち雀荘メンバー。勤めて三年になります。

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