第七話「初野あおいという人②」

「第七話 初野あおいという人②」

「キャバ嬢?」

 あかねは、首を傾げたまま、なんとか聞き取れた単語をオウム返しする。

「そう、いわゆるお水ね」
「お水」
「男の人とお酒飲んで、盛り上げて、満足してもらうお仕事」

 かみ砕いて説明されて、ようやく内容を理解し始める

「ということは、キャバクラと雀荘の掛け持ちですか?」
「そうそう。両方とも週三ずつね。今日は休みだったけど」

 納得のいくような、そうでもないような。

「あ、これもお店じゃ内緒だからね。さっき言ったふたりは知ってるけど。
 それで、ここのお店は、アフターでよく使うの。
 あ、アフターって分かる?
  お店終わった後に、お客さんにご飯とか飲み直しに連れて行ってもらうことなんだけどね」

 あかねは、ぽかんと馬鹿みたいに口を半開きにして、焦点の合わない視線をゆらゆら揺らしている。

「……引いた?」

 ぱちん、と泡が弾けるように目が醒めて、

「いえいえ! そんなことないです。意外というか、納得というか……」

 どうりであおいは色っぽい大人のお姉さんな訳だ、
 と合点のいく気持ちもあれば、
 ゴールデンタイムで働いている姿からは想像できない、
 という気持ちもある。

「もともとはゴールデンタイムだけで働いてたんだけど、
 そのキャバクラのオーナーと筒井さんが友達で紹介してもらったのよ。
 ちなみに、丸川さんもふたりの知り合い」

 夜のお仕事の経営者というのは、別業種であっても案外繋がりのあるものなのかと、感心する。
 それと同時に、自分も夜の世界というものの片鱗を垣間見たような気がして、
 ちょっとワクワクする。

 キャバクラという店舗について、あかねは伝え聞くばかりでしか知らない。
 そもそもお酒を飲めるようになったのもついこの間のことであるし、
 なにより、女の自分がそういうところに行くのはふさわしくないとも思っている。

 が、だからこそ、その実態はどういうものなのか、あかねは興味があった。

「なに、気になる?」

 そんな気持ちが態度に出ていたのか、あおいは前のめりになってあかねの瞳を覗き込む。

「そんな若い子を蛇の道に引き込むもんじゃない、あおいちゃん」
「蛇の道とは失礼ね。まあ、キャバクラもキャバクラで結構キツいのよ? 
 お酒飲むこともそうだけど、
 それ以上に、プライベートな時間に、お客さんの相手しないといけないしね
 。お給料だって、お客さんの横についてないと出ないし、
 休みもふつうのOLやってる友達なんかとは合わないし」

 そこで言葉を切って、あおいは煙草に火を点けた。
 ここから先は愚痴になる。あかねに不平不満の類を漏らしても栓ないことだし、
 今日はあかねの慰労も兼ねているのだから彼女に負担をかけるのも望ましくない。

「彼氏さんは、そういう仕事してても何も言わないんですか?」

 六杯目のビールを飲みながら、
 げっぷの代わりに吐き出したあかねの素朴な疑問に、
 あおいは、目を見開いた。
 指の間で挟んでいた煙草がまろび落ち、
 拾おうとしてウーロン茶のグラスを倒し、明らかに動揺している。

「だ、だからっ、彼氏はいないってばっ!」

 丸川から布巾を受け取ってカウンターを拭きながら、あおいは酒も飲んでいないのに顔を赤くして否定する。

「あれ、あおいちゃん、あの茶髪の目の細い彼は?」
「それはもう去年の話です!」
「でも、先月も一緒に来てくれてたろう?」
「別にお互いに嫌いになって別れた訳じゃないですから、
 都合があえばご飯くらい来ますって!」

 改めて煙草をくわえて、大きく一呼吸。
 これでこの話は終わり、とばかりにそっぽ向く。

「その人って、私の知ってる人ですか?」

 が、あかねの追及は止まらない。

「たぶん知ってると思うぞ。なんてったって、――」
「もう終わり! この話、終わりだから!」

 丸川の言葉を遮って、あおいがまくしたてる。
 その様子に、丸川は得心したようににやにや笑い出し、
 あかねは訳わからず顔。
 そしてあおいは、息も絶え絶え、必死の形相である。

「そ、そういうあかねちゃんこそどうなのよ。
 大学生なんだから、彼氏のひとりやふたり、いるでしょ?」

 六杯目のビールも飲み干して、七杯目にありつきながら、

「いたんですけど、ゴールデンタイムで働く時に、喧嘩して別れちゃいました」

 思わぬ回答が飛んできて、あおいはたちまちドキリとした。
 あかねを見くびっている訳ではなかったが、
 いかにも世間ずれしていなさそうな、純朴そうな彼女のことだから、
 片思いの男性はいても、そういう関係にまでは至っていないなどと、
 勝手に推測していたのである。
 しかも、喧嘩別れしたのもつい最近の話で、
 ナイーブな話題に触れてしまったのではないだろうか。

「その……喧嘩の原因とか、聞いてもいい?」

 お茶を濁すようにあおいは話を促す。
 深く訊くべきではないと思いながらも、少々、いや相当気になっている。

「彼が麻雀とかそういうのに結構偏見がある人で、
 私が麻雀にハマってるのもあんまりよく思ってなかったんです。
 それで、私が雀荘で働くってこと言ったら、もうひどいヒステリー起こしちゃって」

 淡々と、まるで業務連絡を伝えるかのような調子で
 ――あるいは、ゴールデンタイムにおける業務連絡の方がもう少し感情豊かかもしれない――
 話す彼女に、あおいは空恐ろしいものを感じた。

「未練とかはなかったの?」

 おそるおそる、腫物に触るような口調で、更に続きを促す。

「まぁ、もともと向こうから告白してきて、
 私も、そこまで好きな訳でもなかったけど、まぁいいかなって感じで付き合いましたし。
 それに、彼、セックス下手でしたし」

 ハンマーを後頭部に思い切り振りぬかれたような衝撃だった。
 ずがんと、やられた。
 七杯目を空にしつつあるあかねの飲みっぷりを眺めながらしばらく呆然として、
 ジョッキがカウンターを叩く音で我に返った。

「……おしっこ行ってきます」

 ふらりと立ち上がるあかねの足取りは、案外危うげだ。
 顔にこそ出ていないからあおいも丸川もあまり気にならなかったが、
 実際彼女は既に結構な量のビールを胃に流し込んでいる。
 心配そうにその背中を見送るが、トイレの扉が閉まったところで、ふっとため息。

「最近の若い子って、進んでるのね……」
「あおいちゃんもそう変わらんだろ」
「私があの子の年の頃は、
 恥ずかしくてキスもできなかった気もするんだけど」
「それは、あの細目の兄ちゃんにか?」
「だから、彼とはもう別れたってば」

 恨めしそうに向ける視線も、どこか弱々しい。

「なんで別れたんだ?
 いまも飯行くくらいには仲は悪くないんだろ?」

 あおいは返答に窮した。
 も一度、恨みがましい目をやると、丸川も諦めたように手を挙げて、肩をすくめた。

「ま、それにしたって凄まじい子ではあるな。
 麻雀と彼氏を天秤にかけて、麻雀を取ったか」
「そんな子が、本走で負け続けて給料が出ないなんて、不憫で仕方ないわよ」

 ふだんのあかねが、どのくらい飲み食いするのかは知らないが、
 今日のがっつきぶりと、以前東出の教えてくれた通りであれば、ロクに食事も摂っていないのだろう。
 だからといって、あおいが毎度毎度彼女の食事の世話を焼く訳にもいかないし、
 こんな風にごちそうするのも月に一度が精いっぱいだ。

 やはり、彼女に麻雀を強くなってもらうほかない。
 基本はあるのだから、あとは、麻雀というゲームの理屈では量りきれないところ、
 人間と人間が卓を囲んでいるということを理解すれば、すぐに上達することだろう。

「そんなに負けてんのか、あの子」
「まぁ、丸川さんと知り合った頃の私くらいには……」

 さしもの丸川もひきつった笑みを浮かべるほかなかった。

「麻雀ってのは、単なる絵柄合わせのゲームじゃないからな。難しいもんだ」
「そうなのよね。両面リーチが常にカンチャンに勝つでもないし、配牌イーシャンテンが、必ず和了れるでもないってこと、実感としてわかってもらえればいいんだけど」
「あとは、あれだな。『印象操作』」
「なにそれ?」
「例えばだな――」

 と、その時、トイレから、何か大きなものが落ちる音。
 振り返って、しばし顔を見あうあおいと丸川。

「見てくるわ」

 ノックを二度三度、しかし中から反応はない。
 顔を青くして、乱暴に何度も扉を叩いたところで、
 ようやく中から返事のような、間延びした声が聞こえて、ひと安心。

「あかねちゃん、大丈夫? お水、飲む?」
「だいじょうぶれす。ちょっと、ちょっと、ふらっとしただけ――」

 直後、とても女子大生が発していけないような声が扉越しに聞こえて、
 あおいは、呆れたように、ほっとしたように大きく嘆息ついて、丸川に水を注文する。

 女子大生あかねの雄たけびが、トイレ中に響き渡る。……


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    華土ノ本寄稿者

    投稿者プロフィール

     このサイトにて、主に「弱小メンバーのガチンコフリー雀荘道中記」を執筆させていただいております。
     趣味は読書と麻雀。
     仕事は、とある片田舎の三人打ち雀荘メンバー。勤めて三年になります。

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